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メディア研究コラム

未曾有の災害をメディアはどう伝えたか

2011年4月8日

予測不能の未曾有の災害をメディアはどう伝えたか
――国民的な救援、復興体制作りを目指して

北海道大学 教授 高井潔司(東アジアメディア研究センター)

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未曾有の地震、津波、そして原子力発電所の損壊・・・被害は甚大であり、広範囲に及びさらに原発の損壊はいまだ進行中という今回の災害は海外にも大きな衝撃を与えている。とくに原発の損壊は、海外への放射能の汚染拡大が心配されたし、またそれぞれの国の原子力発電所の安全対策の再確認が大きな問題となった。この災害を日本のマスメディアがどう伝えたのか。
誰も予想できなかった巨大な規模の被害だけに、マスメディア自身、試行錯誤の取材、報道を継続しているのが実情だ。一部のメディア研究者、新興メディア信仰者はここぞとばかり、マスメディア全否定の無責任なコメント、評価を与えている。進行中のマスメディア報道を全面的に分析することは困難である。やはり現時点では冷静に、バランス良く、メディアが今回の災害をどう伝えているかを分析していくことが大切だ。(2011.03.26記)

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非常事態であっても自由な報道やコメント――民主主義の試練
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今回の災害は、菅直人首相自身が「戦後最大の危機」と述べているように、事態は極めて深刻で、通常の国なら「非常事態宣言」なり「戒厳令」なりが布告されて、政府の統一した指揮の下で報道も含む対策がなされてもおかしくない。
しかし日本では、近年ようやく外国の軍隊による侵略に対して非常事態を宣言する法律が論議されたが、自然災害において「非常事態」を宣言する法律はない。戦前の軍国主義に対する反省から、政府機関に全てを統括するような権限を与えることについて、社会的な合意を得るのが難しいためだ。
したがって今回のような非常事態の中でも、政府の絶対的な命令や指揮がないどころか、災害に対する政府の対応への批判や菅首相に対する批判が新聞やテレビで、当然のように登場する。
例えば、中国では指導者の現地視察はビッグニュースになるが、朝日新聞3月21日付は、小泉元首相の首席秘書官、飯島勲氏が自身の経験を基に、「官邸は大局見据えたビジョンを、現場視察は慎め」と、菅総理の被災現地の視察計画を厳しく批判する原稿を掲載した。首相の現地入りには現地で相当の準備が必要で、それは結局、首相の人気取りのパーフォーマンスに過ぎず、救援活動を妨げることになるというのである。
被災地の人びとからは「ともかく命が助かっただけでもありがたい。皆さんの温かい支援に感謝する。再建に向けて頑張ります」という健気な発言が目立った。しかし、非被災地からのインターネット上の発言の多くは、政府の対応、情報提供の不足の現状、マスコミの報道に対する不満が目立つ。その一方で、ガソリンや保存食品の買いだめ騒ぎが非被災地で多く見られた。
とりわけ原子力発電所の損壊、放射線、放射物質の飛散といった被害は、見えない被害であり、一層風評被害を生み出す恐れのある分野である。その報道に当たっては専門的な知識と報道の責任感が、報道の効果を大きく左右する。被災地と非被災地の心をいかに一致させ、国民的な支援の輪をいかに作り上げていくか、民主主義にとって一つの課題、一つの試練であるとも言えよう


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テレビの特別報道体制――NHKと民間放送
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今回の災害では、地震、津波の被害状況、被災地の現状と被災地の人びとの声、救助・救援体制の実情、そして原子力発電所の損壊とその修復プロセスの報道など、様々な角度からの報道が必要となった。まず一番の報道の柱となったのはテレビであろう。
テレビはNHKだけでなく、民間放送局も当初24時間ぶち抜きでこの災害を報道した。さすがに24時間中継の情報量は、新聞をはるかに凌駕した。被災地の生々しい被害の模様が中継で、生の映像で映し出される。被災者の声も聞こえる。原子力発電所の修復作業については、視聴者は祈るような思いで、その画像に引きつけられる。自衛隊、消防庁の放水作業が開始すると、NHKではベテランの科学担当の解説委員が図入りで、その作業の意味を解説する。
実際に起きている問題についての正確な情報と解説、評価は風評被害を防止し、商品の買いだめ騒ぎや不必要な避難騒ぎ、混乱を最小限に食い止めることができる。翌日の報道となってしまう新聞紙面では、事態の急展開に対応できないし、テレビの同時中継に比べて、その緊張感を伝えることができない。
もっとも、テレビの力はテレビ放送局によって異なってくる。
NHKは全国的な報道体制を敷いているものの、民放はもともとニュースの時間枠が少なく、とくに地方局の報道体制は脆弱である。地域によって異なるが、どの地域においても、記者の数はNHKの数分の一でしかない。同じ24時間の報道体制を取ってもニュースの広がり、深さが全く異なる。1995年の阪神淡路大震災では、被災地が都市部の100km、避難所は1200か所と限定されていたのに対し、今回は山間僻地の500kmに広がり、避難所も2300か所である。政府、地方自治体にとって、物資やエネルギーの供給、救援隊の派遣など支援体制を整備するのが難しいだけでなく、報道機関にとっても被災現場へ記者やカメラマンを送り込み、記事や画像の送信など報道体制を整えるのに困難を極めた。それだけに、陣容の弱い民間放送にとって、NHKとの力の差をひしひしと感じたに違いない。
原子力発電所の損傷と修復についても、民間放送もゲストに専門家を登場させるが、わかりやすい、冷静な、科学的な解説を引き出す力がアナウンサーに欠けている。日ごろは美人女子アナウンサーで視聴率を稼ぐ作戦だったが、非常事態にはそんなごまかしは効かない。急きょ、ベテラン女性アナウンサーが報道の現場に復帰してきた。それに対してNHKは、原発専門の解説委員とベテランアナウンサーが東大教授などの専門家を交え、事態の推移を冷静に解説していた。
民間放送はNHKに比べ、地震、津波、原発損傷には「恐怖」、被災者の境遇には「悲しみ」、救援、支援体制の遅れ「怒り」といった感情に訴える報道が目立つ。コンテンツ不足に加え、番組に連続性がないため、すさまじい津波の被害の模様を何度も繰り返して放送したことで、地震のショックを倍加させたとも言えよう。
NHKが一部のドラマなどの通常番組を復活させたのは、一週間後だった。それもかなり慎重に選択して、被災者の神経を逆なでするような娯楽番組を回避していた。通常番組でもできるだけ災害に関する特集を行っていた。例えば福祉に関する番組では、被災地での障碍のある人びとの避難や避難所での生活の問題点などを紹介していた。通常番組を一部復活させても、やはり災害報道が中心であり、例えば3月20日のNHKは、深夜を除く18時間のうち12時間は災害関連の放送だった。通常の放送は連続ドラマを中心に6時間のみだった。
これに対して、民間放送テレビは地震発生から3日後あたりから通常番組を再開し始めた。民間放送の場合もともと、通常番組は広告スポンサーが付き録画された番組がほとんどなので、急きょ、地震を扱った番組に変更することができず、放送される番組はお笑い中心のバラエティ番組がほとんどだった。もともとこのバラエティ番組は、品位がないとして評判が悪いものだったが、被災地の深刻な被害状況と対照的に、そのふまじめさ、不謹慎さが際立って見えた。
3月20日の日本テレビの番組表を見れば、NHKと逆で地震災害報道は6時間に満たないし、バラエティ番組タイトルも「芸能人がキスしたお相手次々公開」「スリムクラブ・・・天然の母が大暴れ」といった紹介するのも恥ずかしい、あるいは意味不明の番組が並んでいる。このためメディア研究者の中には、「被災地の深刻な被害にもかかわらず、まるで事態が収束したかのように、通常番組に戻ったのはけしからん」との批判が高まり、「メディアが人を殺している」と怒る人も出ているほどだ。日本の民間放送が巨大な企業に成長しながら、社会的な責任を担える専門的なジャーナリズム組織としては、極めて脆弱な組織であったということだろう。
民間放送では広告が主たる収入源で、企業、商品広告も内容によっては、通常のままでは被害者たちを傷つけるものもある。そこで企業や商品には全く触れず、電車内の妊婦への席を譲ったり、お年寄りへの手助けをするシーンなどを映し出し、助け合いやコミュニケーションの大切さを訴える、おとなしい「公共広告」が目立つようになった。用意された広告の種類数が限られ、子宮がんの予防キャンペーン広告に出演した女優親子に対してネット上では、あまりに繰り返し登場し過ぎる、しつこいという批判の声が上がった。それだけ民間放送テレビには広告が多い、という問題点が露呈した。
しかし放送が原発問題に集中すると、報道の関心が地震や津波で被害をすでに受けた人びとから、今後原発の被害を受けるかもしれない首都圏の視聴者へ重点を移しているのではないか、という批判を浴びることになる。


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一覧性の優位の発揮を目指した新聞報道
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新聞報道も特別報道体制を採用した。文化面や生活面など不急の紙面を止めて、災害報道に集中した。読者が最も開くテレビ・ラジオ欄も最終頁から中の面に移し、多くの新聞がここに被災地の被害者の声を写真入りで紹介したり、被災地の現状を伝えるページに充てている。
今回は地震、津波が金曜日に発生したこともあって、新聞は発生当日に号外を発行しただけでなく、日曜日の夕方にも夕刊を特別に発行した。しかし24時間リアルタイムに報道するテレビ局に対抗するのはやはり難しく、新聞紙面は一覧性という特色やNHK以上の取材網を生かした多様な報道が目立った。
すでに紹介したように、テレビ報道が原発問題の現場中継に力を入れると、視聴者からは原発問題だけに集中するのかという批判を浴びるわけだが、新聞紙面では1面から3面に原発の損傷、修復に関するニュース記事、2面、3面はそれに関連する記事や解説、背景報道を行い、最終ページには被災地の声、さらに読者が最も多い社会面に被災地の現状、救援の現場などを伝え、多様性を持った紙面の構成を行っている。朝日新聞の被災地の声を伝える最終ページには「ニッポンみんなで」というタイトルを付け、被災地と非被災地の人びとの復興に向けた心をつなぐ狙いが込められている。
またニュース解説という点でも、テレビは目の前で繰り広げられている現場の動き、例えば損傷し、白煙を上げている原発施設への消火、給水活動について解説するケースが多いわけだが、新聞の場合はもっと現状から引いて、例えばすでに紹介したように朝日新聞3月21日付は、「首相の現場視察を慎め」をはじめ、原発周辺で収穫した農産物や牛乳に暫定規制値以上の放射線が検出された問題などをめぐって、「正しく怖がって、30km圏の拡大は不要」といった専門家のコラムを掲載している。映像に振り回され、せっかくの解説が耳に入らない恐れのあるテレビ解説とは違って新聞解説の場合、じっくり読んで理解できる内容である。菅首相は結局、天候を理由に現地入りを断念した。
3月17日付の読売新聞は「物流網目詰まり、政府無策の6日間」と、支援体制の遅れの原因が物流網にあることを、2ページの見開き紙面で多角的に分析し、「政府は物流の改善に全力を挙げるべき」と提言している。この紙面は広告なしの全段ぶち抜きで、非常にインパクトある紙面となっていた。
まず「緊急本部、具体案示せず、被災者支援の会議11回」の記事では、政府の対応が原子力発電所事故への対応に忙殺され、被災地への支援が十分に実施されていない現状を指摘する。その上で、被災地の支援物資の流れの組織図、地震で被害を受けた主な幹線道路の地図、さらに支援物資輸送のボトルネックになっているガソリン供給の問題点を示した地図をレイアウトして、わかりやすく、どこに支援の遅れの原因があるかをきちんと伝えている。その上で「物流改善へ政府は全力を」という安部順一編集委員の提言コラムを掲載している。
また朝日新聞、読売新聞は被害のあった宮城県、福島県、岩手県の主要都市に取材拠点を日常的に設けているという強みを発揮して、各避難所に避難している人々の名簿をいち早く収集し、各新聞社のインターネットHPにアップし、検索できるシステムを作り上げた。このシステムを使って、家族の安否を確認できることになった。


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被災民の情報源となるラジオ
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今回の災害では、電話や道路がずたずたに寸断され、被災地においては電源がない、道路が切断され輸送できないという点から、被災民にとってテレビや新聞は、利用できないメディアであることがしばしば起きた。乾電池で稼働し、軽便なラジオは避難所においても、情報収集のツールとして利用される。ただし、テレビや新聞ほど、視覚に強く訴えたり、また解説機能も強くない。
ラジオは、日常的にはリスナーの投書や電話、最近では電子メールによる投書を通した声を多く取り入れ、これにリスナーからのリクエストのあった音楽を交え、キャスターのパーソナリティを発揮したリスナー参加型の番組が多い。震災後はやはりリスナーからの被災地への励ましの便りを流したり、避難所から被災者の近況を伝える声を流したり、それにキャスターがコメントを加えながら放送した。また新聞、テレビでは伝えきれない各地域の病院の診療状況など、きめ細かい情報を提供している。
近年では地域に密着した生活情報を伝え、地域の活性化を目指すコミュニティFMも普及している。出力は20ワット以下なので聴取できる範囲は半径20kmと狭いが、簡便な設備で放送できる。防災用にも利用されてきた。全国で約250放送局を数える。読売新聞によると地震発生後、被災現地で許可が大幅に緩和されたためこの種の臨時災害放送局が12局も誕生し、停電の続く被災地域で貴重な情報源となっている。
宮城県塩釜市でもともと営業していた地域FM「BAY WAVE」は、「11日の大津波でスタジオが打撃を受けた。翌日避難先から戻った横田善光専務らは、『こういう時だからこそ、放送を出そう』と、市庁舎内の仮設スタジオ設置にこぎ着けた。屋上にアンテナを立てて13日夕、放送を再開し、安否情報、給水や電気、ガスなどの生活情報を24時間態勢で伝えている」(読売新聞3月22日付)という。


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パーソナルメディアとしての限界示したインターネットメディア
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今回の災害報道でインターネットメディアはどのような役割を果たしたか。
新興メディアは取材力が限られている。もともとパーソナルメディアであり、取材体制を整備していないからだ。マスメディアに反発して一般の市民を記者として組織し、ネットを通して情報を発信する「市民メディア」も生まれているが、なかなか経営的に成り立たっていない。各種の記者会見に記者を配置するほどの組織でもないし、情報発信にあたっては、記者会見などで得た情報をどう理解し、判断し、どう報じるかという科学的な知識を必要とするがそれにふさわしい人材を備えていない。
今回の災害では当初、一部のネット擁護者の間から、政府などの記者会見がマスメディアに限定されることを批判する声が出た。もちろん会見ができるだけ開放されることは理想だが、十分な取材や報道のシステムを持たない者が参加することは、今回のような緊急かつ不確定な要素があまりにも多い場合、適切ではないだろう、それに本来パーソナルなメディアであるインターネットメディアの情報発信は、未確認情報と無責任な匿名発信によって、マイナス効果が大きい。
ネット上ではさまざまな情報、意見が飛び交い、どれをネットを代表するものとして取り上げるか難しいが、こうした経緯もあってネット上での議論は一部の専門家のブログを除いて、十分な根拠もなく政府やマスメディアを批判し、かえって不安を煽るものが目立ったといえよう。
3月22日の朝日新聞はネットメディアによる地震情報の発信について、メールマガジンなどを主宰する言論集団代表の芹沢一也氏の評論を掲載している。
芹沢氏は「地震の発生直後から、情報はおもにツィッターから得ていました。前代未聞の事態が進行する中で、ツィッターを使った情報発信にはウェブの悪い面とよい面が露骨に表れていたように思います。悪い面は、根拠のない情報があっと言う間に拡散してしまうこと。特に気になるのは福島第一原発の事故についてのツイート(投稿)でした。悪質なあおりや根拠のない風聞が行き交いました。また目についたのは5万、10万のフォロワー(読者)を持つ人たちが、「権力者が隠そうとしている真相を自分が暴く」といわんばかりに、いい加減なツィートをまき散らし、選民意識をもったフォロワーたちがそれをさらに広めていたことです」と指摘する。
その上で「こうした『毒』情報には、刻々と変わる状況に応じた正確な情報を対置して『中和』していくしかない。そして、今回、こうした役割においては、ウェブのよい面が間違いなく出ていました」として、東大放射線治療チームなどがツィッターで多くの人が求める情報を発信し、さらに芹沢氏らの集団が悪質な流言やチェーンメールを検証する作業を行った例をあげている。
しかし、芹沢氏のコラムが「流言を抑えるのもツィッター」と書いたように、まず流言を広めるのがツィッターであり、結局、彼らが「マッチポンプ」以上の積極的な役割を果たしていない現状をかえって示したといえよう。芹沢氏自身も「難易度の高い情報を混乱なく伝えるには、マスメディアの役割が最も大きい」と書いている。現在進行形の災害だけに、もちろんマスメディアも完全ではない。新興メディアがそれを補完する機能もあろう。
上海に住む中国人の友人から、「中国では塩の買いだめ騒ぎが起きている。日本のヤフーのニュースサイトをみているが、情報が少なくて何もわからない」というメールが来た。そこでNHKのテレビ放送をしばらく同時中継していた動画サイト「ユストリーム」を教えてあげたが、中国からのアクセスは制限されていた。せっかくのサイトもこれでは効果ない。そこでNHKのワールドサービスが見られるサイトを紹介し、やっと中国人の友人も「状況が改善しつつあることがわかり、安心した」と感謝メールをしてきた。
中国からの声でもうひとつ不可解だったのは、社会科学院日本研究所の金赢・副研究員が3月21日付の環球時報に書いたコラム「听一听日本网民的声音」(日本のネット利用者の声を聞いてみよう)である。このコラムでは、今回の災害において日本のネット民が情報公開やメディアの監督について大きな役割を果たしたと書いてある。しかしほとんど論拠もデータも示しておらず、ネットのマイナス面を一切無視していた。先に紹介したネット言論を主宰する芹沢氏のコラムの内容とは全く異なっていた。日本で起きた災害だが、未曽有の災害で中国にも大きな影響をあたえるだけに、中国側もおおきな関心を寄せ、新聞や雑誌などにもたくさんの記事や情報が掲載されたが、多くの場合、事実、根拠のない無責任なものが目立った。


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結語――公共性を担うマスメディア
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未曾有の災害に加え、同時進行で予測不能な原子力発電所の放射能漏れの風評被害を防止しつつ、国民的な救援、復興体制に貢献するメディアの報道はまさに「公共性」を担ったものである。しかし報道にあたっては、それぞれのメディアは独立して自由に報道を行った。23日付『環球時報』に、これも社会科学院日本研究所の呉懐中研究員だったが、今回の災害報道では、さも日本政府の規制や誘導、あるいはメディアの自粛があったかのように文章を書いていた。これもほとんど何の根拠も示されていない不可解な文章であった。
日本のメディアに「公共性」を求めたのは政府ではなく、災害そのものであった。メディアは読者、視聴者の「知る権利」を付託され、自らの任務として報道に努力したのである。報道の議題設定機能は、メディアが十分力を発揮していた。政府の対策の遅れなど、遠慮容赦なく批判の記事を掲載していた。政府が統制した中国の地震報道とは全く異なる。
だが、メディアによっては、その役割を十分に発揮できたかどうか、大きな問題も残った。
「公共性」を担った報道はまずもって事実に基づくことが基本であり、事実を踏まえずそれを曲解して、政府を批判したり、国民の不安を煽ったり、あるいは逆に英雄譚や美談を描くことは望ましくない。事実に基づくためには、まずメディア組織がきちんとした取材体制、陣容を備えていなければならない。今回の報道ではそれぞれのメディアの力が見えてきた。
近年のインターネットの発展で、新聞やテレビの力が落ちてきた。それでもすでに紹介したように、期待される声に答えた新聞、テレビもあった。残念ながらインターネットをはじめ新興メディアは拡散性などその性質から、公共性を十分に担える存在でないことは明らかになった。
事実を踏まえた批判でなければ、それは単なる罵倒に過ぎない。公共性を担うものでもない。今回の災害でマスコミの政府批判が少ないのは、規制されていたり、自粛したからではなく、事態が刻々新たな展開をしていて、まずその事実をしっかり掌握することが一番の使命であったからだ。
今回の災害は、メディアの「報道のあり方」を改めて問い直す事件でもあった。

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(注記)本原稿は、中国・広東にある南方日報新聞発行グループのメディア研究誌『南方傳媒研究』の求めに応じて書いた原稿である。

 今回の地震について、中国では強い関心を呼び、中国の新聞、雑誌は様々な特集を組んでいる。だが、普段から日本を取材したり、研究する体制が整っておらず、事実関係を確かめないまま、日本人の秩序ある行動に感心して見せたり、他方それは日本政府がメディアを統制したからだと分析して見せたりと、根拠の薄い話が目立った。
くどい部分、日本ではよく知られている部分は少しカットして掲載。


オンラインジャーナル「ライフビジョン」2011年4月号にも掲載